良寛修行の寺・曹洞宗 円通寺
円通寺所蔵良寛遺墨その1へ(漢詩幅)

聖僧 良寛修行の寺 曹洞宗 円通寺全景
漢詩幅
解説・・・吉川彰準
1)五言詩
自来円通寺知幾春冬 門前千家邑
更不知一人 衣垢手自洗 食尽出城いん
会読高僧傳 僧可々清貧 (田代亮介寄進)

円通寺に来りしより、幾春冬なるを知らず 門前千家の邑、 更に一人だに知らず、衣垢づけば手づから洗ひ、食尽くれば城いんに出づ 曾って高僧伝を読みしに、僧は可々(かなり)に清貧なりき。 結局の読み方について、「僧は清貧に可なるべし」が常識化されているが、 良寛が、良寛が常に愛読していた寒山詩に

「昔日可々貧 今日最貧凍」
がある。「可々」はかなり、相当と解せられる。そして円通寺所蔵の黄檗版大蔵経の中 の梁高僧傅、慧皎撰には、「釈僧郡は、清貧にして節を守り、蔬食して経を誦す」。群僊は 「水を飲んで飢えず、困って粒を絶つ」の一節があり、また釈法恭は 「少なくして苦行、倫に殊なり、布衣を服し、菰麦を餌とし、経を誦すること三千餘万の言毎夜 諷詠す」と記され、又「僧恭は○粮を食せず」とあるのを拝見して、当然のことながら、 求道一途の活三昧で、清貧に甘んじた高僧は、古今を問わずかなりあった事が明白である。 したがって結句にちいては、歴史的事象をふまえながら、言辞的に考察して 「僧はかなり清貧なりき」と読むべきであろう。

解説・・・吉川彰準
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2)五言詩

対君君不語 不語意悠哉
帙散床頭書 雨打簾前梅

君に対すれども君語らず、語らざるは意悠なるかな 帙は散ず床頭の書 雨は打つ簾前の梅これは念持仏石地蔵に対しての詩で現在現在出雲崎の良寛堂にある。


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3)五言詩  夢中問答

乞食入市てん 道逢旧識翁 門我師胡為
住彼白雲峰 我道子胡為 占此紅塵中
欲答両不答 夢破五更

食を乞うて市てん●に入り、道に旧識の翁に逢ふ我に問う師なんすれぞ 彼の白雲の峰に住むやと  我は道ふ子なんすれぞ 此の紅塵の中に占むるやと 答へんと欲すれど両ながら答へず 夢は破らる 五更の鐘

解説・・・吉川彰準

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4)五言詩 秋夜偶作

覺言不能寝 曳杖出柴扉 陰虫鳴古砌
落葉辞寒枝 渓深水聲遠 山高月色遲
沈吟時己久 白露霑我衣

覺めてここに寝る能はず 杖を曳いてさいひを出づ、陰虫古せいに鳴き 落葉漢詩を辞す。 渓深うして水聲遠く 山高うして月色遲し。沈吟時すでに久しく白露我が衣をうるほす。


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